朝ごはんの宿 俵屋

特別栽培米・さゆり米と喜多方・会津の食文化について書いています

ひし巻き作り

会津の郷土菓子・ひし巻きを作りました。

 

笹の葉でもち米を包み、蒸しあげた素朴な味。

きな粉やゴマ、最近はピーナツをつけて食べます。

 

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会津では巻いた形がひし形に似ているのでひし巻きと呼びますが、

一般的には笹巻・粽と呼ばれるそうです。

 

笹からもち米がこぼれないように包み、

 

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‘すげ’という草で結びます。

この結び方が難しい。

 

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お義母さんに習いながら作りました。

 

そして、お客様にも会津の味をプレゼント♪

ひし巻きの由来や食べ方メモときなこを一緒に包みました。

 

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以前、お義母さんと笹を採りに山に行きました。

する、ぽっかり笹が倒れて穴のような場所が・・・。

どうやら熊の寝床だったようです(^_^;)

それ以来、ご近所の裏庭から分けて頂いています。

 

 

特別栽培米・さゆり米  ~田植え~

5月の末、特別栽培米・さゆり米の田植えをしてきました!

 

4月中旬にまいた苗が育ち、田植えとなりました。

家族で行う田植え作業。

私は田んぼに落ちないよう、苗箱をひっくり返さないようよろよろ

歩いています。

 

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主人は慣れたもので作業していきます。

小さい時からやっている人は違う!!

いつのまにか私は撮影係となっておりました(笑)

 

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なぜ、会津盆地は米や農作物が美味しいのか・・。

それは‘土’に理由があります。

栄養豊かな土があるわけは、太古に遡ります。

 

会津盆地は太古の時代、海だったそうです。

その証拠に喜多方市の大塩温泉や熱塩温泉は塩気を含んだ

お湯です。大塩温泉ではそのお湯で‘山塩’を作っています。

また喜多方市の高郷という地域では‘カイギュウ’の化石も

発見されています。

 

やがてだんだんと海の水がひき、その過程で栄養豊富な成分が

土壌に残されながら、今の会津盆地となりました。

土に残された太古の栄養豊富な成分のおかげで

美味しい農産物ができると言われています。(諸説あり)

そう思うと、農業は自然の力を借りて作っているのだな。

と感じます。

 

今年も美味しいお米ができますように。

 

 

 

農業のある生活

 

 

主人の実家である米農家に嫁ぐまで、農家というのはなんだか大変な仕事だなぁ。

と思っていました。どんな仕事でも大変なことがありますが、

わからないので漠然と不安が大きかった。

 

でも、嫁いでみたら農業を一緒に行う「家族」のまとまりと心の豊かさに驚き、私も

こういう家族になろうと。目標になっています。

いつかお客様と農作業や畑仕事を一緒にしたいとも思っています。

なぜ、そう思うようになったのか私が感じた農業のある生活について書きます。

 

小さい時から両親のそばで田んぼや畑仕事を見て、手伝ってきた主人は

「家の仕事」という自覚があったそうです。

田んぼの時期は家族でまとまって仕事をするから、小学校から帰っても

遊びに行かなかず、仕事したそうです。

 

「本当は遊びたかったんじゃないの??」と、聞いても

「家の仕事を皆でやるのが当たり前だと思っていた」とのこと。

私も宿屋の娘だから、小さい時からお手伝いをしていました。

主人の気持ちがわかるような気がします。

 

私ができることは苗箱運びや種まき。

それより大事なのが、お茶出しとごはん準備。

休む時間の30分~1時間前に家にあがり、皆さんがすぐ食べられるよう

準備します。

そういった準備の中で、親戚に顔を覚えてもらい、お茶の出し方や

相手への気遣いが養われるような気がしています。

「お年寄りが多いからこのお菓子がいいかな」

「外が暑いから冷たいジュースも必要だな。でも、お茶も飲むかも・・」

嫁として家族になった!という実感が沸き、私は好きな仕事です。

何よりもお義母さんがとても褒めてくれる方で

「助かった助かった。大助かりだぁ」と毎回言ってくれます。

 

最近グリーンツーリズムを体験するために、都会から学生さんが喜多方へ来ます。

農作業を通じて、役に立てたという実感や、指示されたことだけじゃない考えて

行動すること、なによりも泥や草木と触れ合った感動が心を豊かにしてくれるのだと

思います。

家族で協力し、太陽の下で働き、太陽が沈むころに作業を終える。

そして、家族で囲む食卓には、畑から採った野菜料理が並ぶのです。

なんて豊かな生活なんだろう。

 

私が感動したこの豊かさを、いつかお客様にも体験していただきたい。

そう思いながら、畑の仕事を手伝っています。

 

 

 

 

 

 

鰊の山椒漬け ~漬け込み~

米のとぎ汁で一晩うるかした身欠き鰊を漬け込んだ郷土料理。

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庭にある山椒の葉と調味料、今年は蕨も入れました。

 

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炙ってもよし、

そのままでもよし、

山椒の香りがする鰊はごちそうです♡

 

鰊の山椒漬け ~鰊鉢~

鰊の山椒漬けを作るのに必要なものは

身欠きにしん

山椒の葉

調味料

・・・・そして

鰊鉢

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鰊を漬ける専用の会津本郷焼の器です。

作り方は、板状に伸ばした粘土を貼りあわせて作る「たたら」という技法で、

明治の終わりまでは、ろくろは男性の仕事。たたらは女性の仕事とされていたそうです。

大きさは身欠きにしんが収まる25㎝のものが主流です。

陶器で漬けるとおいしい理由は、陶器が呼吸をするから。

気温や湿度を調整し、発酵が上手にできるため。だそうです。

 

私が使う鰊鉢は祖父から父へ、父から私へ受け継がれた器です。

3世代で使うこの鰊鉢は私の宝物です。

 

※鰊鉢の説明はふくしま新発売を参考にしています

 

喜多方・会津の郷土料理と海の乾物

会津では海の乾物を使用した郷土食がいくつかあります。

 

鰊の山椒漬け・・身欠きにしん

こづゆ・・・・・ホタテの貝柱

棒たら煮・・・・マダラの乾物

えご・・・・・・えご草

 

先日、お客様からなぜ海の乾物を使うのか聞かれましたので

少し書いてみますね。

 

会津の食文化には江戸時代中期~明治20年ごろまで活躍していた

北前船」が関係しています。

北前船は瀬戸内から北海道の松前間を日本海側を航行していた

商船のことです。

 

松前からの北前船から運ばれた積み荷はおもに鰊や昆布でした。

それを新潟湊から阿賀野川を通り、会津まで舟運で運ばれました。

当時は大変貴重だったことと思います。

現在は住宅地になっているいますが、「通船場」と呼ばれ

当時の名残が地名となってあります。

運ばれた貴重な海の蛋白源はおいしい野菜と合わさって

独特の郷土食ができあがったと言われています。

 

ご興味ある方は

ダイニングに会津の郷土料理の本がおいてありますので、お手に取ってお読みください(*^-^*)

 

特別栽培米・さゆり米 ~種うえ~

4月13日、14日にさゆり米の種まきを行いました。

まずは、苗を育てる為に種まき!

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~種まきと据え付け~

ポットに土と種籾を入れます

 

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苗を育てる苗代(なわしろ)を作ります。

 

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ココで大切なのが、表面を平にすること。

まんべんなく水分を吸い上げられるようにしないと

苗の成長に影響が出る重要な作業です。

 

そして、種籾を入れたポットを置く作業をしてビニールをかけます。

 

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これが“据え付け”です。

親戚が集まって協力して行います。

かがむ作業なので腰やら足やら痛くなるんです。

 

 

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最後は機会の清掃。ここまで行って終りとなります。

 

 

文にすると短いですが、2日かけて行いました。

嫁いで6回目の米作り参加。

私は恥ずかしながら、結婚するまでお米がどうやってできるのか

知りませんでした^_^;

 

今頃どのくらいに伸びたかな。

田植えが楽しみです。